30代社畜が不遇のサラリーマン時代を乗り越え、精神的自由を得た人生好転ストーリー

 

僕は、会社に飼われている社畜だったんだ・・・

 

 

そう気づくまでに、じつに13年もの歳月が必要でした。

 

はじめまして、ずーかまと申します。

 

ネットビジネスで独立(起業)を目指している、現役バリバリの社畜です。

 

どこにでもいる、普通のサラリーマンではありますが、
じつはさいしょからサラリーマンになろうとしていたわけではありません。

 

親の反対を押し切り、高校卒業後は音楽の専門学校に通っていました。

 

そう、ミュージシャンになりたかったのです。

 

「音楽で食べていきたい!!」

 

などと言う青臭い夢をかかげ、
その夢を実現しようとしていた当時18歳の僕。

 

しかしご想像のとおり、現実は甘くありませんでした。

 

「一発当たったらムフフ・・・」

 

的なやましい期待を胸に秘めていた僕とは対象的に、

 

「本気で音楽で飯を食べていくぞ!」

 

という覚悟で、音楽に向き合っているクラスメートたち。

 

そんな彼らを間近で見ていたら、
触発されてやる気が出るかとおもいきや、
逆にやる気を削がれて行きました。

 

所詮僕は、楽して成功したかっただけなのです。

 

できるともわからないデビューのために、
血もしたたるような努力なんて、
したくなかったんだと気づきました。
(2年制の専門学校でしたが、2年目はまるっとサボりました…)

 

けっきょく僕は戦いの舞台に上がることもしないで、
早々に音楽の道を諦めることになります。

 

音楽の道をあきらめた僕は、ほかにやりたいこともなく、
親や学校の教師たちから刷り込まれていた、

 

「サラリーマンになって、安定収入を得なさい」

 

という道標を頼りに、サラリーマンの道を歩み始めました。

 

しかしこの選択を皮切りとして、
不遇の13年が幕を開けることになろうとは、
当時の僕はまだ、知るよしもありませんでした・・・

 

思い知らされた学歴の壁

曲がりなりにも専門学校卒とはいえ、
音楽とはまったく関係のない業界(製造業)に足を踏み入れたので、
学歴は実質高卒も同然でした。

 

そのことが給料面などの待遇にあたえる影響を、
入社したての僕はとても軽く考えていました。

 

仕事を頑張れば、頑張っただけ、
評価されるものだと思い込んでいたのです。

 

しかし、学歴社会のまっただなかのここ日本において、
“実質高卒” という肩書きがどんな意味を持つか、
知らない人はいないでしょう。

 

仕事をどれだけ頑張っても、
ありえないくらい(給料的に)評価されなかったのです。

 

それでも謙虚に日々仕事を頑張る僕でしたが、
ある日、衝撃の事実を知ってしまうのです。

 

それは、ある月に給料明細を受け取った日のことでした。

 

同僚たちがお互いの基本給について話していたとき、
不意にその事実は顔を出したのです。

 

「いいよね〜大卒って、基本給が高くて。オレなんかより全然基本給いいんでしょ?」

「そんなことないですよ。●●万ですよ?」

 

金額を聞いた僕は凍りつき、変な冷や汗をかいていました。

 

5年頑張った僕の基本給より、その年に入社した大卒の中途社員のほうが、
基本給が高かったからです。

 

しかも僕より年下でした。

 

そんなのあたりまえだとおもいますか?

 

当時の僕は、その事実をすぐには受け入れられませんでした。

 

だって必死に頑張った5年を、

「ムダな努力だった」

と否定されたようなものだからです。

 

学歴による給料の差なんて、
頑張り次第でどうにかなるものだと信じていました。

 

しかしリアルな金額を知ってしまったことで、
その淡い期待は打ち砕かれました。

 

高校はレベルの低い学校を選び推薦で入学、
卒業後は専門学校へ入学と、
勉強や試験という面倒くさいものを意識的に避けてきたのが僕でしたが、
このときばかりは、自分の選択を後悔しました。

 

そして、ある決定的な出来事が原因となり、

「サラリーマンは努力しても報われないんだ」

と悟ることになるのです。

 

「努力してもムダ」だと完全に悟った出来事

“学歴の差による埋まらない給料の差”

 

という、どうにもできない現実を突きつけられた僕ですが、
それでも心はまだ折れてはいませんでした。

 

「それなら、管理職になってやろう!」

 

さすがに管理職まで昇りつめれば、学歴の差は埋まるとおもいました。
やりがいもありそうだったし。

 

仕事には、人一倍真剣に取り組んでいる自負があったし、
会社のためをおもって、
より良い仕事のやり方などを積極的に提案することもしていました。

(今おもえば、やばいくらい社畜ですね)

 

そのような努力をしてきたので、
管理職に抜てきされてとうぜんだとおもっていたし、
それだけの成果も出してきました。

 

 

そしてある年の年初におこなわれた会社の面談で、

「今年はキミを管理職に上げる」

と上司から言われ、僕はついに昇進を確信しました。

 

 

ところが、その年の6月・・・

 

 

6月と言えば、僕がつとめている会社で、人事発表がある月です。

 

誰かの退職などで、急な人事を要する場合をのぞいて、
通常この月に発表があります。

 

僕は、柄にもなくワクワクしながら、
発表のときを今か今かと待ち望んでいました。

 

ようやく自分の席にまわってきた人事発表の回覧を見て、
頭が真っ白になりました。

 

なんとそこには、

「6月1日付けで、●●を係長に命ず」

と記されていたからです。

 

もちろん書かれていたのは、僕の名前ではありませんでした。

 

上司から昇進のお墨付きというか、確約をもらっていただけに、
僕はショックと落胆の色を隠しきれませんでした。

 

すぐにでも理由を問いただしたかったのですが、
何だか恰好悪い気がしてしまい、そのまま数ヶ月を過ごします。
(その間、上司からは何の話もなかったです)

 

仕事が忙しいのもあり、不満はいったんは胸にしまって、
日々の業務にいそしむ僕でしたが、ついに理由を尋ねる機会を得ます。

 

 

そして “その時” は、定期的に実施される、上司との面談で訪れました。

 

 

僕の頭のなかで、「プツンッ」と何かが切れる音がしました。

 

その音は、僕と会社とをつなぎとめていた、

「忠誠心・愛着心・信頼・義理・人情」

というそれぞれの糸が、順番に切れていった瞬間の音でした。

 

僕が上司に昇進できなかった理由をたずねると、上司はこう言い放ったのです。

 

「上の決定だから、仕方ない」

 

と…
そんな理由じゃとうてい納得できない僕は、上司に食ってかかります。

 

このままじゃ関係にヒビが入ると危惧したのか、
上司はしぶしぶ理由を教えてくれました。

 

その理由こそが、
僕と会社とをつなぎとめていた糸を断ち切るハサミとなりました。

 

「僕より年数が上の社員がまだ管理職になっていないから、
その人を先に昇進させる」

 

という、とんでもなくしょうもない理由だったからです。

 

…わかってはいました。

 

社会に出て10年も経てば、
給料などの面では、報われない事実を受け入れるようになるものです。

 

それでも、頑張りだけは認めてもらいたかった。

 

そんな想いもむなしく、給料面だけでなく、
精神面でも僕は打ちのめされてしまいました。

 

「あぁ・・・頑張っても報われないんだなぁ」

 

つくづく会社には愛想が尽きました。

 

日頃から、

「管理職になる気はない」

とまわりに触れまわっていた、出世欲のまったくない先輩社員が、
僕の代わりに出世したという事実も、
僕のやる気を削ぐ要因となりました。

 

かくして、
社畜という言葉さえ知らかったほど会社に尽くしていた僕でしたが、
ようやくその呪縛から解き放たれることになります。

 

「もう会社には期待しない!!」

 

心にそう決めたときには、
13年間もの貴重な時間が過ぎ去っていました。

 

投資で大成功?!

「会社に期待せず生きていく!」

 

そう息巻いてはみたはいいものの、
家族(妻ひとり子ひとり)も養っていかなければならず、
当時の僕にはまだ、「会社を辞める」なんて発想はありませんでした。

 

しかし今の給料では、
子どもを大学に行かせることはおろか、
自分たちの老後の資金すら危うい状況であることは認識していました。

 

なので、なんとかして収入を増やすべく、
僕はまず株式投資に目を向けることにしました。

 

少しネットで調べてみると、

「株で成功して脱サラしました!」

みたいな情報がたくさん出てきて、

「頑張れば自分も成功できるかも?」

と、この時から少しずつ脱サラに興味を持ち始めます。

 

ところが、期待に胸を膨らませたのも束の間。
いざ投資しようとしたとき、早くも出鼻をくじかれました。

 

圧倒的に元手が不足していたのです。

 

1株単位から売買できるものと勝手に思い込んでいましたが、
株の売買には最小単位というものがありました。

 

たとえば「最低100株」などの条件があって、
1株1000円の企業の株を買う場合、
最低10万円が必要な計算になります。

 

利益が安定してそうな、有名な企業の株を買おうとすれば、
少なくとも数十万単位のお金が必要だったのです。

 

・住宅ローンの返済
・各種保険の支払い
・妻ひとり・子ひとりの生活費

 

これらで家計がいっぱいいっぱいだった我が家に、
株にまわせる元手はありませんでした。

 

どうしたものかと、またネットでリサーチしていると、
毎月数千円の少額からでも投資ができる、
「投資信託」というものがあることを知ります。

 

「これなら我が家の家計でも実践できそう」

と感じた僕は、すぐさま取引口座を開設し、
投資信託に取り組みました。

 

1年間コツコツコツコツ、毎月投資し、
計20万投資した元手が、22万になりました。

 

よっしゃ2万増えた!!

これならなんとかイケそう!

 

・・・なわけあるか!

 

冷静になった僕は、現実を見て、

「目標の金額(2000万)に届くまでに、どれくらいの期間がかかるのか?」

を計算。

 

その結果に、またまたやる気を削がれてしまいます。

 

このまま調子良く増え続けたとしても、
目標の金額に到達するには何十年もかかるという結果でした。

 

「果てしねぇ・・・」

 

これから先、
あと何十年も報われない環境で働き続けなければならない憂鬱と、

必死で節約して投資して、
うまくいっても何十年で2000万貯まるかどうかという果てしない道のりと、

どちらも選びたくない僕は、途方に暮れてしまいました。

 

 

そんなときです。

 

 

僕のもとに、一縷(いちる)の光が差し込んできました。

 

それは、「仮想通貨」という新たな投資案件でした。

 

なんでも、ビットコインなる仮想の通貨に投資した人たちが、
元手10万円で1億や2億の利益を得ているというではありませんか!

 

「こんなオイシイ話、みすみす逃す手はない!」

 

仮想通貨こそが、僕ら家族の未来を救ってくれるものと信じて、
嫁を説得し、家計からなんとか20万捻出し、仮想通貨に投資しました。

 

これが功を奏し、

20万の元手が、1億円になって大成功!!

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

とはいきませんでした。

 

そうです、そうだった。

この世のなかにそんなウマい話が、
おいそれと転がっているはずがありません。

 

1億円に増えるどころか、僕が投資した仮想通貨は、
なんと詐欺案件でした。

 

高額の配当を約束すると言って出資をつのり、
集めた資金から実際に配当を出すことで信頼してもらい、
さらに資金を集めたのち、

「やっぱり事業がうまくいかなかった」

といって配当をしぶり、集めた資金を持ち逃げする、

「ポンジスキーム」

という典型的な詐欺の手法に引っかかってしまったのです。

 

とても高額な配当だったので、

「その案件は詐欺だ!」

という情報もいくつか出回っていました。

 

しかし、楽して稼ぎたいばかりに、そういった情報を無視して、
まんまと詐欺グループのカモに成り下がっている僕がいました。

 

けっきょく、詐欺グループが見せかけとして配った、
数ヶ月分の配当(元手の4分の1くらい)しか手元には残りませんでした。

 

お金に目がくらみ、正常な判断がくだせなかった自分が、
招くべくして招いた結果です。

 

自分の愚かさに絶望し、
無残にも4分の1に減った口座の残高を見つめる日々が続いたある日のこと・・・

 

 

今度こそ、僕に一縷の光が差し込んできたのでした。

(※また詐欺でした…なんてオチはないですw)

 

不遇の13年を経て得た、人生好転への糸口

キッカケは、あるたった21分の動画でした。

 

たった21分で人生が一転するなんて、あり得るとおもいますか?

 

答えは『イエス』です。

 

ほんの小さなキッカケで、人間なんて変わります。
たったひとつの言動が、誰かに大きな影響を与えることだってあります。

 

21分は、僕の人生観を変えるには、
じゅうぶんすぎるほどの時間でした。

 

僕はその21分で、
人生が大きく好転するキッカケを掴んだと感じたのです。

 

食い入るように続きの動画を見終えた僕には、
目の前の霧がパァッっと晴れたかのように、自分の明るい未来が見え、

「やってやるぞ!!」

と、武者震いをしたのを覚えています。

 

その動画で話されていた内容は、ザックリ言うと以下のようなものでした。

 

・1日3時間の経営で、1年以内に1億円事業を達成した方法
・リスクゼロの副業から始めて、最短・最速で起業する方法

 

あと30年は働きづめの人生だと確信していた、
しがないサラリーマンにとって、
上記のような内容が衝撃的じゃないはずがありませんでした。

 

後頭部をバッドでフルスイングされたかのように、
全身を稲妻が駆け巡りました。
(もちろん、実際にフルスイングされた経験はありません)

 

具体的に言うと、ソファに寝転んで動画を見ていたのですが、
あまりに衝撃的な内容だったので、
ソファから飛び起きたくらいです。

 

「やればできる!」
「リスクゼロで副業から始めて起業できる!」

 

ということをその動画で知ってしまった僕は、
行動を起こさないという選択肢を選ぶほうがむずかしく、
すぐさまこのブログを始めました。

 

ビジネスがどういうものかがわかっていなかったから、

「起業がムリだと思い込んでいた」

だけにすぎないことに気づいたのです。

 

動画内で語られていた、
ビジネスの知識やノウハウを頼りにビジネスを実践したら、
不定期ながらも、自分の力で月数万を稼ぐまでに成長!

 

 

13年間必死で頑張ってきた日々と比べたら、
あまりに少ない量の努力で、
あまりにカンタンにその努力が報われてしまったので、
正直拍子抜けしてしまったところもあります。

 

サラリーマンだと、1年間必死で頑張っても、
月5〜6千円の昇給でかなり良いほうですからね。

 

「あ、コレ、完全に頑張る場所を間違えたな」

 

とようやく気づきました。

 

ネットでゼロからイチを生み出せる自信がつくと、
考え方が変わりますね。

 

「不景気で今の会社が倒産したりしても、
別の会社に就職すればいいや(多少給料が減っても、自分で稼げばいいし)」

「会社でツラい出来事が起こったとしても、今だけの我慢だ」

 

とおもえるようになったのです。
僕はついに、精神的な自由を得ることができました。

今の仕事を続けているのは、

「慣れた仕事をこなしながら副業をやったほうが、効率良く成功に向かえる」

という理由でしかなく、
仕事は片手間で済まし、残りの時間をすべて副業にあてています。

 

数万稼げるようになったとはいえ、
まだまだ収益は不安定で額も少ないので、
収益を安定させ額も増やして独立できるよう、
努力を続けている最中です。

 

僕とおなじように、社畜の不自由さに苦しんでいる人、
あるいは不自由とさえ気づいていない人、
副業でお小遣い稼ぎしたい人、
将来的に独立したい人などに、
少しでも何か気づきを得てもらえたらと思い、

 

僕の人生を好転させた21分の動画の視聴ページへのリンクを、
こちらに置いておきます。

どうぞ。

 

30代社畜の人生好転ストーリーはこれで終わりではなく、
まだまだ続きます。

 

ともに同じゴールを見られたら、うれしいです^^

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
何か気になる記事があったら、ぜひ楽しんでいってください!

 

ではでは(`・ω・´)ゞ

自身が社畜であることにさえ
長年気づけなかった冴えない30代の男が、

自分の力で月数万円を稼ぎ、
精神的自由を得るまでの

『人生好転ストーリー』

これを読んでもあなたはまだ、
社畜のままで居られるか?!

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