ずーかまのプロフィールと略歴・信念について

ずーかま
はじめまして、ずーかまと言います!

 

こんな僕のことに少しでも興味を持っていただき、ありがとうございます(;´・ω・)
せっかくなので、ぜひ最後までお付き合いいただければさいわいです。

 

僕がブログビジネスを始めたきっかけや、ブログを運営する信念なんかも語っています。
トピックスはこんな感じ。

 

  • ミュージシャンを目指すも挫折、何の気なしに社会人に
  • 社会人1年目:借金地獄
  • とはいえ真面目に働いた10年間
  • 「報われない」を決定付けた出来事
  • だんだんと見えてきてしまった自分の将来
  • ようやくつかんだ転機
  • 僕がこのブログを運営する信念

 

では、20年ほど時計の針を戻して、僕がミュージシャンを目指していた過去から振り返ってみます。(20年ってヤバ・・・)

 

ミュージシャンを目指すも挫折、何の気なしに社会人に

取り立てて好きなことや夢もなかった少年時代。
強いて言えばゲームが大好きだったくらい。

 

しかし中学生のとき、家に眠っていたクラシックギターを見つけたのがキッカケで、ようやくゲーム以外で夢中になれるものを見つけます。

 

ギターと一緒にそばで眠っていた、クラシックギターの楽譜を見ながら独学でギターを猛練習!

 

当時好きだったのは、その楽譜に載っていた「禁じられた恋人」という有名な楽曲。
中学生にしてはシブすぎな選曲ですが、ギターというものにはじめて触れた僕にとっては、とても新鮮なものにうつりました。

 

ギターがまぁまぁ弾けるようになってきたころ、当時から人気のあったフォークデュオ、「ゆず」の歌唱映像に衝撃を受けます。
ゆずに感銘を受けた僕は、クラシックギターには再び眠りについてもらって、アコースティックギターをお年玉で購入。(お年玉とか、なつかしい)

 

ギターへの夢中度が一気にあがり、学校以外は常にギターと触れ合う時間が続きます。

 

そして高校へと時代はうつり、同じくゆずを好きだったことから意気投合した同級生と、路上ライブデビュー!

 

しかし約2年間活動するも、まったく芽は出ず。

 

とはいえ、いろいろなひとたちとの触れ合いはありました。
ジュースや食べ物を差し入れしてくれるひとたちがいたり、現金をくれるひとたちがいたり。

 

なかにはこんなひともいました。

 

「いいBGMをありがとう」

 

と500円玉を指で弾いて、ギターケースに投げ銭。
「カッコイイ大人がいるもんだなぁ」としんみりしたものです。

 

唯一チャンスがあったのは高3のとき。
路上ライブの聖地だった金山という駅に遠征していたとき、県内のイベントのオーディションに出ないかと誘いを受けたのです!

 

しかし結果は惨敗。
それもそのはず。

 

たしかそのイベントのテーマは「Eco」だったのですが、オリジナル楽曲は数えるほどで、楽曲制作能力もなく、オーディションまで1週間しかありませんでした。
そんな僕らが新曲を1週間で仕上げられるはずもなく、当日披露したのは「失恋ソング」

 

・・・そりゃ落ちますわな(;´・ω・)

 

なんで辞退しなかったかな。
思い出すだけで赤面もの。

 

若さは強さですね。
オーディションに選ばれて浮かれていた僕らですが、いま考えたら、僕らに何かを見出してくれたわけではなく、ただ単に球数を揃えたかったから誘っただけなんだろうなとおもいます。

 

そうこうしているうちに卒業の時期。

 

まだ音楽を続けていきたかった僕と、就職を決めた同級生。
2人の道は別れることに。

 

僕はというと、音楽の専門学校へ進学。
シンガーソングライターへの道を歩み始めます。

 

ところが1年もしないうちに、次第にまわりとの温度差を感じるように。
僕がめちゃくちゃ熱かったわけではなく、まわりがめちゃくちゃ熱かった。

 

僕はどちらかと言うと冷めていたことに気づいたのです。
音楽に対する真剣度合いが違った。

 

具体的に言うと、次の3つのタイプがいました。

 

  1. 本気でデビューを目指している
  2. あわよくばデビューできればいいけど、それよりも本当に音楽が好き
  3. あわよくばデビューしたいけど、努力とかカッコわるいし運勝負

 

僕はこのなかの③だということに気づいてしまったのです。
①の同級生との圧倒的な温度差を見せつけられたとき、僕の心はシュンと萎えてしまった。(弱ぇ~)

 

そんな気持ちで学校に行くのも嫌になり、徐々に学校をサボるように。
だんだんとクラスメートと顔を合わせるのも気まずくなって、ついには完全不登校。

 

2年制の専門学校でしたが、2年目はほとんど授業に出ず。
親には学校行ってくると言って、漫画喫茶やカラオケで時間をつぶす一年を過ごしました。(バイトはしていたので、それだけのお金はあった)

 

そんな生活も終わりを告げるときがやってきます。

 

「このままだと単位が足りなくて卒業できない」という学校からの連絡が入り、ついに親バレ。
不思議と、このとき怒られはしなかった。

 

親としては不確かな音楽の道に進むより、普通の社会人になってほしいという気持ちがあったから、音楽の道をあきらめたことに内心ホッとしたんじゃないかな。
いまではそうおもいます。

 

とはいえ専門学校って、2年で200~300万は学費がかかります。
それだけのお金を払ってくれたのに1年丸々サボってしまったという負い目もあり、鬼レポート(40枚ほど)を書いてなんとか卒業だけは成し遂げました。

 

そしてその勢いのまま、音楽とはまったく関係のない会社に就職することに・・・

 

社会人1年目:借金地獄

なりたくてなったわけじゃないサラリーマン。

 

いろいろとストレスも溜まっていたんだとおもいます。
学生の頃より多くのお金が手に入るようになると、高い服を買ったり、散財し放題。

 

そして、そんなお金にルーズな人間が一番やってはいけない「ギャンブル」にどハマりしてしまうことに。

 

やりたい放題の散財生活に、社会人1年目のおサイフが持つはずもなく・・・

 

ところが会社のある先輩のヒトコトがきっかけで、開けてはいけない禁断の扉を開けてしまったのです。

 

それは、「キャッシング」という錬金術でした。
なんと、口座に残高がなくてもお金がATMから出てきたんです。

 

衝撃でした。

 

「これでめっちゃパチスロいけるやん!」

 

僕はこんな風におもってしまっていたんですね。
服を好きなだけ買い、お金がなくなったらキャッシングしてパチスロ。

 

そんな人間の末路はもうお察しがつくでしょう。

 

気づけばカード会社1社から50万、消費者金融3社からそれぞれ50万、合計200万借り入れし、自転車操業状態。

 

相も変わらずお金はつかいたい放題、返済は借り入れたお金でするという悲惨きわまりない状況です。
しかしそんなクズでも、ようやく気づきます。

 

利息だけ払って、元本が全然減っていかないという事実に・・・

 

急に我に返った僕は、青ざめながら必死で返済の道を模索。
弁護士に相談するも、相談料5千円取られただけで内容は、「自己破産するぅ?」だけ。

 

いやいやそれは嫌だと逃げ回り、ついに「債務整理」という方法にたどり着きます。
今度は司法書士に相談しに行って、無事手続き終了。(ブラックリストに載ることになったので、無事ではないか・・・)

 

利息は払わなくてよくなった代わりに、いままでとは打って変わった質素な生活を送ることになってしまいました。

 

20代前半の給料で、毎月の支払いは「10万」近かったので、その生活はなんとなく想像できることでしょう。(さらに車を購入するために親から借りていたお金も、プラス3万返してました)

 

鋼錬じゃないですが、錬金術をつかったことで相応の「対価」を払わされる結果に。(自業自得。借りたものは返す、とうぜんのことです)

 

とはいえ真面目に働いた10年間

そんなクズな僕ですが、仕事はかなり真面目にやってました。

 

通常は6~7年かかるところ、4年目で責任のあるポジションに就くこともできました。(俗に言う「主任」的なポジションです)
その当時は仕事が楽しかった。

 

自分が選ばれた人間だという「自尊心」も満たされていたし。(安っぽ!)

 

でもいまおもえば、「返済に追われていたから仕事しかのめり込むことがなかった」というのが本当のところかもしれません。

 

一旦仕事が楽しい時期を過ぎてしまえば、「仕事楽しい」で塗り固めていたメッキが、ポロポロとはがれはじめます。

 

「こんなに頑張ってるのに、なぜ給料があがらないんだ! なぜ大卒ってだけでオレより給料が高い?!」

 

こういう偽らざる本音が、僕のなかから顔を出しはじめたのです。

 

日本はまだまだ学歴社会。
僕の会社も例外ではなく、専門卒(実質高卒の給料)と大卒の基本給は、頑張りでは埋められないほどの差がありました。

 

そんな「頑張りが報われない」状況に徐々に不満をつのらせていくようになったのです。
それでも仕事は頑張り続けました。

 

その頑張りが、きっといつかは報われるだろうと信じて・・・

 

「報われない」を決定付けた出来事

僕にはちっぽけながら野心がありました。

 

その野心とは、社内で「最年少係長」になること!

 

なれる自負もありました。
だってこんなに頑張ってるんだもの(´・ω・`)

 

上司からも、「キミを推薦しておくから」と言われていたし。

 

しかし、人事決定が僕の心をついに完全に打ち砕きます。

 

係長に昇進したのは、仕事はデキるけど熱意のない先輩。

 

忘れていました。
日本に蔓延する、もうひとつの悪い風習を。

 

そう、年功序列です。

 

年数が高いからというただそれだけの理由で、上のひとびとはその先輩を係長にあげることに決めたのです
この出来事をキッカケに、仕事への熱意は急激に失われていきました。

 

でも、イイコトもありました。

 

それまでは報われたい一心で、わき目も振らずただただ頑張ってきただけでした。
ところが心を折る出来事があったおかげで、自分の置かれている状況や、会社の仕組みを冷静に見つめ直すキッカケを得たのです。

 

ここまでの僕が気づいた事実をまとめます。

 

  • 学歴の差は10年では埋まらない
  • 必死に頑張っても報われるわけではない
  • いち個人が頑張っても会社の業績が著しくあがるわけではない
    →ということは、個人が著しく評価されることがなくても当然
  • 残業たくさんやったヤツがエラい
    →取引先から多く時間をもらったほうが会社は儲かるから
  • 会社は頑張るところではなく、成果を出すところ
    →会社の業績があがらない頑張りはムダ

 

自分が仕事を頑張っているとき、「なんでそんなに熱意がないんだろう」っておもうような先輩が何人かいて内心腹立たしかったんですが、理由がわかりました。
ここであげたような事実に、すでに気づいていたからだったんですね。

 

結局は、会社という「舞台」のうえで、むなしく踊らされていただけだったんです。

 

これに気づくのは、もともと優秀なひとか、僕のように仕事を頑張っても報われなかった経験があるひとでしょう。

 

このようにいろいろ「見えてしまった」僕が取った行動は、「無」になること。

 

考えないように心の奥底にしまっておくことにしたのです。

 

だんだんと見えてきてしまった自分の将来

仕事はこんな感じで熱意を失っていましたが、プライベートはそこそこ充実していました。

 

借金も完済し、結婚もして、子どもも授かりました。
しかし順風満帆におもえた人生に、再び陰りが・・・

 

きっかけは「住宅ローン」

 

借金こそ2度とするまいと誓っていた僕ですが、浪費癖は直らず、貯金はゼロ。
そんな状況で結婚したもんだから、いざ家を買うとなったとき、35年のフルローンになるのはとうぜんでした。

 

「妻と2人で働けば、普通以上の生活が送れて、定年まで働けばなんとか借金返せるな。」

 

とおもい、自分たちの返済能力ギリギリ一歩手前の金額を借り入れたのが運の尽き。
子どもに知的障害を疑うような発達の遅れも見られ、保育園に預けることも出来ず、僕ひとりの給料で家計をやり繰りして返済をしていかなければならない状況に追い込まれることに。

 

まったくもって、人生何がおきるかわからないものですね(´・ω・`)

 

さきほど運の尽きの言いましたが、ひとりしか働けなくなるリスクを軽んじた僕の判断ミス。
ですが僕ひとりの給料でも、定年まで働いて退職金を充てれば、じゅうぶん返済は可能だと考えました。

 

しかしここで、さまざまな疑問が僕のなかに浮かび始めます。

 

「いや待てよ・・・退職金を充てて返済したらその後の生活はどうなる?」

「年金ももらえるかわからないし・・・」

「そもそも、定年まで会社が残ってるのか?」

「子どもの将来のために貯めておくお金はどうやってつくる?」

 

仕事をガムシャラに頑張っていたころには、見えていなかったものがハッキリと見えてくるようなったのです。

 

つまり、「将来への不安」です。
考えれば考えるほど、そこには絶望しかありませんでした。

 

ようやくつかんだ転機

しばらくは絶望の海に溺れていた僕でしたが、なんとか光を見つけようともがき始めます。

 

まずは「投資」をやってみよう!
資産を運用し、自分が定年するころには2000万くらい貯められる試算をしました。

 

しかしやってみて気づきます。

 

「元手が少なすぎる・・・」

 

増えるには増えることがわかったのですが、資産が増えていくスピードが亀すぎた。
それに毎年毎年、投資にお金をまわせるとも限らない。

 

働き方改革で残業が減って給料も減り、家計をまわしていくだけでやっと。
「投資で資産運用」のもくろみは、早くも打ち砕かれることに。

 

「なんとかして元手をつくらないと!」

 

必死になって見つけたのは、怪しくて興味すら持たなかった「ネットビジネス」でした。
きっかけはある無料動画。

 

「1年以内に1億円事業をつくる」という、いままでだったら秒でけんえんしてしまうような内容でしたが、せっぱつまった僕は、わらにもすがる想いでその動画を見ました。

 

「おや・・・これは? ひょっとして?」

 

もちろん、1年以内に1億円事業なんて専業じゃなきゃムリという話でしたが、なぜかやってみる価値はあるとおもえた。

 

「今以上の月収を得る道はこれしかない!」と確信した僕は、まずは副業をやることに決めました。(副業禁止の会社だけど・・・)

 

こうして始めたのがこのブログです。
転機は向こうから来るものだと勘違いしてましたが、行動しなきゃ転機は来ないんですね。

 

努力は報われるべき!

プロフィール欄にも記載した、僕の信念です。
ところがこの信念は、会社では見るも無残に打ち砕かれてしまいました。

 

いくら強い信念を持っていても、その信念にこたえてくれる場所と、こたえてくれない場所があるのだということを、14年間の会社員生活でようやく悟りました。

 

もちろん、会社という場所が「後者」であることは、さきほどお話ししたとおりです。

 

しかし、努力が報われる世界は、たしかにここに存在しました。
もがきながらも行動を続けたら、8ヶ月で 0→1 を達成できたのです!

 

自分の足でしっかりと大地を踏みしめ、進むべき道へ、自分で歩いていくことができる。

 

「ここが自分の居場所だ」と、直感しました。
とはいえ、独学で突っ走って 0→1 を達成できたわけじゃありません。

 

ビジネスの世界は、そんなに甘くはないのもたしかです。

 

行動を継続できたのは、「正しいビジネスの知識」という強力な支えがあったからこそ。
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ABOUTこの記事をかいた人

ずーかま

オリンピックイヤーに脱サラをもくろむ34歳サラリーマン。 (なぜならオリンピック後の日本の景気はヤバいから) 妻子持ち。内弁慶のクセに目立ちたがり屋。 ブログは結構楽しみつつ、わりと本気で取り組んでます。