実はヘン?多数決の問題点【少数派を殺す悪魔のシステム】

実はヘン?多数決の問題点【少数派を殺す悪魔のシステム】

 

少数派の僕は、多数決という悪魔によって殺された・・・

 

ことの発端は、社内会議での田中さん(仮名)からの提案。

 

提案の内容は、以下のようなものだった。

 

「社内の(とある)資料が古くなってきたので、
更新しませんか?」

 

数年前の僕なら、こうおもっていたことだろう。

 

「いいんじゃない?
最新化しておいたほうが使い勝手が良いし」

 

しかし今回は、何かが引っかかった。

 

というのもその資料、
存在は知っていたものの、
誰も使っているところを見たことがないし、
自身も使った記憶がなかったからだった。

 

「そもそもなんですけど、その資料って誰か使ってます?」

 

僕は田中さんにたずねた。

 

「いやぁ・・・使ってないとおもいます」

 

と田中さん。

 

(なんだよ、使ってないんかいw)

 

と心のなかで毒づく。

 

案の定、会議に出席していたほかのメンバーに確認しても、
みんな使ってないようだった。

 

「誰も使ってないのなら、
更新しなくてもいいんじゃないですか?」

 

と意見したところで、上司の井村さん(仮名)降臨!

 

頭が良く、切れ者の井村さんであるが、
同時に頭の固さも持ち合わせており、
一度「こう」とおもったら、自分の意見を押しとおすキライがある。

 

上司ゆえに誰も反論できないので、
なかなかに厄介な彼の特性である。

 

そんな彼の意見は、僕の意見と反対だったのだろう。

 

1分ほど公開ひとり問答をくりかえしたのち、

 

「とりあえず更新して、そのごは不定期更新でいいんじゃない?」

 

と言いやがった。(おっと失言)

 

僕はわけがわからなかった。

 

「更新するかしないか?」

 

という議題をスルーして、
“更新する”前提になっていたからだった。

 

議題がそれなのだから、とにもかくにも、
まずは「更新する/しない」を議論すべきなのだ。

 

とはいえ、

「議題や論点がズレる」

というのは会社ではよくあることなので、まぁ置いておこう。

 

議題がズレたので、ズレついでに、
僕も議題をすり替えて井村さんに言ってみた。

 

「誰も使ってないなら、廃棄でいいんじゃないですかね?」

 

かすかに井村さんがムッとした表情を浮かべたのがわかったが、
彼は部下の意見を黙殺するようなことはしない。

 

その点においては、彼は信頼できる上司だ。

 

しかし僕(の意見)はこのあと、
見るも無惨に殺されることになるのであった。

 

 

そう・・・多数決によって。

 

 

井村さんは会議メンバーに対して、多数決を取りはじめた。

 

「廃業案に賛成のひと〜?」

 

 

んんん?

 

 

アレ・・・?

 

 

なんてこった!(Oh, ジーザス!)

 

 

僕しか手をあげていなかった。

(意見しておいて、なんとなく恥ずかしさをおぼえてしまうのは、
日本人の気質ゆえだろうか)

 

けっきょく僕以外のメンバーは、
“更新する前提”という議題のすげ替えを受け入れ、
井村さんの意見に賛同したのであった。

 

 

少数派の僕(の意見)が、多数決によって殺された瞬間だった。

 

こうなるともはや、
“Dead men tell no tales!”

 

死人に口なしだ。

 

今さら議題のすげ替えに言及しても、
「時すでに遅し」だろう。

 

誰も賛同してくれなかった悔しさがそうさせたのかは知らないが、
この件をきっかけに、
僕は多数決というシステムそのものに疑問を持つようになったのであった・・・

 

というわけで本記事では、
多数決というシステムの問題について考えてみました。

 

小さい頃から、
ことあるごとに多数決でものごとを決めてきた気がするので、
システムそのものを疑うなんてしてこなかったのですが・・・

 

「常識を疑え!」とはよく言ったもので、
考えれば考えるほど、
意思決定にはそぐわないシステムであることがわかってきましたよ。

 

システムの欠陥は2つありました。

 

多数決システムの欠陥その1:論理的でない

たとえば、

「横断歩道を歩いて渡りたい場合、赤信号のときに渡って良いか?」

という議題があったとします。

 

これを論理的に考えてみましょう。

 

論理の例

前提:見通しの悪い道路

  • 青信号側の道路の死角から、急に車が走行してくる可能性がある
  • 見通しの良い道路と比べて、衝突を避けられないリスクが高まる
  • 時速40kmでも、人と車がぶつかれば、
    人体に生命を脅かすほどの損傷を与える可能性がある
  • この道路は、制限速度40kmである

→結論:よって、見通しの悪い道路では、
赤信号のときに横断歩道は渡らないべきである

 

かなりまどろっこしいですが、こんな結論が考えられるでしょう。

(もちろん、ほかの結論も考えられます)

 

上記のように論理で考えることを避け、
多数決で安易に結論を導き出すと、
「数が正義」となってしまいます。

 

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

 

という有名なたとえのとおりですね。

 

もちろん、論理の持っていき方次第では、
「赤信号を渡る」ことも正当化できてしまうので、

「論理的に正しいのはどちらか?」

を絶対的に評価することはできません。

 

しかし少なくとも、
議論は尽くすべきなのです。

 

冒頭の例で言えば、

「更新するかしないか?」

を賛成意見、反対意見を出し合って論理的に議論し尽くさなければ、
「最適解」は出ないはずなのです。

 

そのプロセスをすっとばして多数決で得た「答え」の何がいけないかというと、
「なんとなく」の可能性が高いんですよね。

 

ある人は、

「上司に気に入られたいから、上司に賛成する」

またある人は、

「更新するのが面倒だから、更新しないほうに賛成する」

といったように、個人の利害を基準にして、
論点とはかけ離れた思考になっている場合が多々あります。

 

こういう判断が混じってしまったら、
とても最適解とは言えないですよね?

 

多数決システムの欠陥その2:出した結論の責任を誰も負わない

そしてもう1つの欠陥は、
多数決で出した結論の責任の所在があいまいなことです。

 

「なんとなくみんなで決めたから・・・」

 

と誰もがおもっているので、
出した結論を実行して何か問題が発生しても、
誰も責任を取りたがりません。

 

つまり誰も責任を持って取り組まないので、
議題が重要であればあるほど、
問題が起こったときに放置される可能性が高くなります。

 

僕の体験談のように「資料を更新するかしないか?」くらいの問題なら、
欠陥があったところで、ぶっちゃけどうでもいいレベルです。

 

しかし、
会社の経営判断などの重要な会議の場でも、
おなじように多数決で決められていたとしたら・・・

 

ちょっと怖くないですかね?

 

多数決システムは、間違った意思決定の方法

多数決システムの問題は、

「なんとなくで意思決定してしまう」

というところにあります。

 

純粋なメリット・デメリット、
事実やデータなどの根拠をもとに下した判断ではないので、
間違った意思決定である可能性をはらんでいます。

 

これらから僕が伝えたいのは、

 

「なんとなくサラリーマン続けていませんか?」

 

ってことです。

 

「みんながサラリーマンだから」

という何の根拠にもならない理由でサラリーマンになることを選んだのなら、
僕のように、

 

「サラリーマン辞めたい!あのときあぁしておけば・・・」

 

と後悔するときがくるかもしれません。

 

「サラリーマンで居続けなければならない理由」

を、一度自分のなかで議論してみてはいかがでしょうか?

 

もしかしたら、忘れかけていたあなたの夢を、
思い出せるかもしれませんよ😉

 

ではでは(`・ω・´)ゞ


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