なぜ仕事をサボるべきなのか?理由:サボらないと時間を損する

なぜ仕事をサボるべきなのか?理由:サボらないと時間を損する

 

「仕事サボってるやつ、ウゼ〜」

 

僕もそう考えるタイプのサラリーマンでした。

 

しかし今は、
アタマのネジが少しばかり外れており、
仕事をサボることに罪悪感を感じなくなりました。

 

仕事をサボることがあたりまえになって気づいたこと。

それは・・・

 

「仕事はサボったほうがいい!」

 

ということです。

 

なぜなら・・・

 

 

仕事をサボらないと大幅に時間を損する

僕らの頑張りは、
けっして給料に“ダイレクトに”反映されることはありません。

 

いまいましき「年功序列」によって、
「成果」にスポットが当たることがないからです。

 

会社からしたら、

「目標の利益を達成するために、
社員ひとりあたりの利益がいくらなら良いか?」

がすべてです。

 

たとえば会社が月に300万の利益を得ようとおもったら、
つぎのような考え方になります。

 

社員1人が月に200時間働いたら、

200時間×3000円=60万円

の売上げ。

 

そのうち30万円を社員に給料と支払うとしたら、
のこり [30万円] が会社の利益となる。

 

では300万の利益を得るにはどうしたらいいか?

⇒社員を10人雇えばいい!

 

そうです。

 

会社からすれば、
僕らは“数でしかない”のです。

 

成果とか、評価とか、関係なかった。

 

「社員1人あたり、月30万の利益」

 

これがすべて。

 

しかし、社員の給料は一律いくらと決めるわけにはいきません。

 

僕ら社員の立場からすると、

「給料がいくらか?」

がすべてだからです。

 

「なんでオレがアイツとおなじ給料なんだ!」
「アイツより全然仕事頑張ってるのに!!」

 

社員からそういう不満がかならず出てきます。
そこで会社は悩みます。

 

「社員から不満が出ないようにするには、
給料をどう振り分けたらいいか?」

 

と。

この解決策となりえたのが、かの“年功序列”でした。

 

「何年会社に勤めたか?」

というシンプルな指標で給料が決まるため、
会社、社員双方にとって、
非常にわかりやすいシステムだったからです。

 

そしてこんにちも、
そのシステムは継承されつづけています。

 

しかしこのシステムはわかりやすい反面、
致命的な欠陥があります。

 

  • 平均以上の成果をあげる社員は常に(給料の)もらいが少なく、
  • 平均以下の成果しかあげられない社員は常にもらいが多い

という欠陥です。

 

年功序列というシステムのもとでは、
人並みはずれた成果をあげる人ほど、
その人は損をするようにできています。

 

この真実にフタをして、
知らないフリをするのはカンタンです。

 

僕も努力が報われると信じ、
うすうす気づいていた真実に、ずっとフタをしてきました。

 

しかしもう限界でした。

 

そのクサすぎる真実はガスを発生させ、
内圧でフタが吹っ飛び、
まるで腐ったたまごのようなニオイを放ちはじめたからです。

 

そのニオイが鼻をつんざいたのは、
30歳くらいの頃だったでしょうか。

 

60歳まで働くとすると、
あと30年前後は損をしつづけることに気づいたのです。

 

あと30年も、

「努力した時間」

という負債は増えつづけ、そしてその負債は、
未来永劫、清算されることはないんだ!

 

と・・・

 

あなたがもし、
ほかの人の50%の時間・努力で平均的な成果をあげられるのだとしたら、
のこり50%の時間も仕事してたら損します。

 

ぜんぶとは言わないまでも、
頑張った時間の80%はムダになるでしょう。

 

どれだけ頑張ったとしても、
給料の差としてあらわれるのは、多くて20%くらいだからです。

 

成績給とか、能力給ってやつですね。

 

年功序列の企業において、
これらが頑張りと釣り合うことは、100%ありません。

 

なので、たかだか20%の差のために、
人の何倍もの量の仕事をこなすことに、
時間を費やすべきではありません。

 

あなたの職場の同僚の2倍の仕事量をこなしたら、
2倍の給料をもらえますか?

 

きっともらえないでしょう。

 

年間とおして同僚の2倍仕事をしたとしても、
給料は20%も差がつかないでしょう。

 

差がつくならまだマシで、
もともとの学歴に差があったら、

「何年頑張ったらスタートラインに並ぶのか?」

ってくらい、長期の持続的な努力が必要になります。

 

しかしその努力は、
おおよそ80%がムダになります。

(僕はイヤと言うほど経験済みです)

 

だから、仕事はサボるべきなのです。

優秀な人ほど、サボるべきなのです。

 

  • 人事評価を上げるため
  • 出世競争に勝つため
  • 学歴の差を埋めるため

 

これらの目的に向かって100%の力で仕事をしていたら、
人生の貴重な時間の多くをムダにします!

「骨折り損のくたびれもうけ」

とは、まさにこのことでしょう。

 

仕事をサボることに罪悪感を感じてしまう人への処方箋

え?
仕事をサボることに罪悪感を感じる?

 

安心してください。

 

おかしなことではありません。

 

世間一般の常識に照らし合わせれば、
あなたは立派な常識人です。

 

しかし、

「常識人でいること」

と、

「時間をムダにしないこと」

とは、相容れません。

 

会社で人生の時間をムダにしたくないなら、
常識人で居ることはあきらめなければなりません。

 

とはいえ、どうしてもサボりたくない方は、
このさきは読まなくて大丈夫です。

 

どうか立派な社会人・常識人として、
サラリーマン人生をまっとうしてください。

 

「サボる=怠慢」ではない

なにも、四六時中仕事をせずに、
ただただ会社に居るだけで給料をせしめることを、
「サボる」と言ってるのではありません。

 

平均的な成果を出しつつ、
正々堂々?とサボる。

 

これがサボりの基本となります。

 

平均的な成果を出してさえいれば、
会社も同僚も声を大にして糾弾はできないでしょう。

(「近ごろ、業務に不熱心じゃないの?」
と言われるくらいは、覚悟してくださいw)

 

それに、目に見える成果だけが成果ではありません。
たとえば、ミスや問題の未然防止。

 

業務の経験が豊かになってくると、

「こういうときにミスしそうだな、問題が発生しそうだな」

っていう業務の“勘どころ”がわかってきたりしませんか?

 

それを部下や同僚にアドバイスすれば、
ミスしてやり直した場合にかかる時間を、
まるまる節約できますよね?

 

この節約した時間って、
会社が本来出すはずだった「損失」です。

 

で、その損失を回避できたとすれば、
それって会社の利益へ貢献したということになりませんか?

 

たとえばあなたが、同僚にアドバイスしたことで、
20時間分の損失を回避できたとしましょう。

 

その場合、
回避した損失分の半分くらい(10時間分)の給料が上乗せされても、
全然おかしくありませんよね?

 

こういうところを押さえた業務を日々おこなっている人って、
それはもう、めちゃくちゃ会社への貢献度が高いわけです。

 

ちょっとやそっとサボったくらいでは、
貢献度的に全然マイナスにはなりません。

 

そうは言っても、自分がした努力と、
おなじだけの努力を求めてくる人たちは、
どの会社にもいるものです。

 

しかし、そういった人たちの同調圧力に屈してはいけません。

 

大事なのは長時間努力したかどうかではなく、
「どれだけ利益に貢献したか?」です。

 

あなたが、
どころを押さえた短時間の労働で利益に貢献できているのなら、
あなたの1時間の労働の価値は、
長時間働かないと利益に貢献できない人の、
何倍も高いのです。

 

まわりと足並みをそろえたばかりに、
あなたが損をすること。

 

それだけは、
何としてでも避けなければいけません。

 

最小限の努力で平均的な成果をあげ、
最大限の時間サボりましょう。

 

良いこと言ってる風ですが、
会社やマジメに働いている人からしたら、
悪者に見えるでしょう。

 

しかし人としての尊厳を保ち、
人らしく生きるためには、
社内で悪者になるくらいのリスクは、
甘んじて受け入れないと…

と、僕はおもいます。

 

あなたはきっと優秀で、
遅かれ早かれ、
どうせ会社辞めて独立するんですから。

 

具体的な仕事のサボりかたを知りたい、
サボりたがり・・・

 

もとい、優秀なあなたは、
こちらの記事をどうぞ。

 

非常識な仕事効率化【5つの“やらない”覚悟とは?】

非常識な仕事効率化【4つの“やらない”覚悟とは?】

↑「非常識な仕事効率化」イコール、
「サボり」ってことです。

 

ではでは(`・ω・´)ゞ

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