他人のために働くのは意味なくないけど、不必要に頑張りすぎ

他人のために働くのは意味なくないけど、不必要に頑張りすぎ

 

他人のためにあくせく働いて、どうなった経験がありますか?

 

頑張りに見合わない、少ない報酬に甘んじる。

 

ことはあっても、

 

頑張りに不相応なくらいの大金を手にする

 

ことはなかったですよね?

 

少なくとも僕はありません。

 

上司からの評価?

取引先からの評価?

 

そんなもの、
会社を辞めたら残りません。

 

学校の通知表みたいなもんです。

 

成績がオール5だったとして、
良い大学に入れるわけではありません。

 

入学試験の結果がすべてだからです。

 

会社でもいっしょです。

 

上司からめちゃくちゃ良い評価をもらっていたとしても、
良い給料がもらえるわけではありません。

 

会社の業績がすべてだからです。

 

僕らが血を吐きながら頑張ったところで、
会社の業績が伸びないことには、給料は上がりません。

 

いっぽうで、
売上げが伸びている業界にいれば、
たいして頑張ってなくても、
給料がするすると上がっていったりします。

 

良い大学に入ること・良い給料をもらうこと

 

もちろんそれらが人生のすべてではないし、
また、人生の目的にすべきものでもありません。

 

しかし憂慮すべきなのは、

「頑張と報酬が見合わない」

ことです。

 

「他人のために働けば、いつかは自分に返ってくる!」

 

間違っちゃいません。

 

しかし、具体的ではありません。

 

具体的に言うと、

 

「他人のために働けば、10分の1くらいは返ってくる

 

です。

 

10分の1と言ってはみたものの、
現実には100分の1くらいかもしれません。

 

「何言ってんだ、お金がすべてじゃない!」

 

もちろんです。

そのとおりです。

 

だとしても、
頑張りの10分の1 〜 100分の1くらいしかお金がもらえない仕事を、
つづける意味ってあるんでしょうか?

 

あまりにも報われなさすぎじゃないですか?

 

頑張りの等倍、
いや、10倍お金がもらえる仕事だって、世のなかにあるはすです。

 

おなじ“他人のために働く”でも、
少ない頑張りで大きな満足を得られる仕事を選んだほうが、
人生の満足度が向上するとおもいません?

 

あるいは、報酬が気にならないくらい、
熱中できる仕事を選ぶのもいいですね。

 

 

え?

そんな仕事があったら、
とっくの昔に転職してるって?

 

何をおっしゃいますか。

 

この世のなかに仕事なんて、星の数ほど種類がありますぜ。

 

僕たちは、
自分に合った仕事を見つけられてないだけです。

 

お金や土地にしばられ、
今の会社に居続けなければ生きていけないと思い込んでいるだけです。

 

多くの場合、ちょっと支出をおさえたら、
案外好きな仕事、自分に合った仕事を選べるはずなのです。

 

なのに、
収入が増えたら増えた分だけつかうから、
(一番は、“家を買う”ですかね? )

 

「お金がない!貯金できない!」

 

と、減っていく通帳残高に心すりへらすことになるのです。

 

今の仕事に、しばられることになるのです。

 

(自分で言っておきながら家も買ってるし、
まだ今の仕事にしばられてるし、耳が痛いです)

 

 

じゃあどうすればいいか?

 

支出をおさえるのむずかしければ、
(おさえても限界はあるし、いろいろ事情もあることでしょうし)

さっき言った、

「少ない頑張りで大きな満足を得られる仕事」

に取り組むのが、
現実的な解決策ではないでしょうか?

 

そのひとつはネットビジネスだとおもっていて、
なぜなら、

「自分の頑張りを、無限に増幅することができる」

からです。

 

どういうことか説明します。

 

たとえばブログ。

 

ブログに10個記事を書いたとします。

 

この10個の記事は、
誰かが一度読んだら消滅するわけじゃなく、サーバーを解約するまで、
ず一一一一っとネット上に残りつづけるんです。

 

ネット上に本を出版してるみたいなもの、

と考えればいいですね。

 

つまり、何百、何千もの人に、
しかも生産コストゼロで記事を読んでもらうことができるんです。

 

そこに、たとえば広告を貼っておいたりすることで、
売上げが発生するようになります。

 

もしそれで、あなたが1万円稼げだとしましょう。

 

10記事書いたところまではあなたの頑張りですが、
それをネット上にアップロードしたあとの頑張りは、

“無・ゼロ”

です。

 

あとは自然に読む人があらわれ、
そのなかから広告をクリックしてくれる人があらわれ、
さらにそのなかから商品の購入までしてくれる人があらわれ、
売上げが発生しつづけます。

 

つまりあなたの“さいしょの頑張り”が、
「ネット上で何回もくり返される」のです。

 

需要のあるかぎり、
1年、あるいは数年にわたって読まれつづけるので、
“頑張りの無限増幅”ってわけ。

 

対して会社では、いくら頑張っても、
その頑張りを保存しておくことはできません。

 

「よく頑張った!」
「ありがとう!」
「さすが!」

 

そういったほめ言葉や感謝をもう一度聞きたければ、
またおなじだけ頑張らないといけません。

 

いや、おなじだけじゃダメですね。

前回以上に頑張らないといけません。

 

つよい刺激も感動も、
何回もくり返すうちにだんだんと感覚がニブってしまうのが、
ヒトの悲しいサガ。

 

たとえば、すごく頑張って賞賛される仕事をしたあとに、
へタに手を抜いたりミスしたりしようものなら、

 

「何やってんの?」
「どうしたの?」

 

と、そんなにダメな仕事っぷりではないにもかかわらず、
とがめられたりすることもあるでしょう。

 

素晴らしい作品を世に送り出したら、
つぎはその作品よりもっと素晴らしい作品を出さなと評価されない・・・

という世界観です。

 

まるでゲームや映画の続編みたいですね。

 

「続編を出すたびに、前回の期待を上回りつづけなければならない」

製作者のその心境たるや、
穏やかではないことはたしかですが・・・

 

なんのこっちゃない、
サラリーマンもいっしょです。

 

一度良い仕事をしても、それは過去のもの。

 

さいしょの何倍も頑張らなければ、認められなくなっていきます。

 

 

これって正直、しんどくないですか?

 

 

ゲームや映画の作者なら、
良くも悪くも、「売上げ」というわかりやすい見返りがあります。

 

しかし、サラリーマンは違います。

 

良い仕事をしても、給料は上がりません。

 

でもその反面、
へタな仕事をしても、給料は下がりません。

 

そういった「振り幅のなさ」が、
サラリーマンのメリットでもあり、デメリットでもありますね。

 

どちらととらえるかはあなた次第ですが、

「良い仕事をしたら、相応に評価されたい!」

とおもっているのであれば、
良い仕事を無限にくり返してくれるネットビジネスは、
わりとあなたに合う選択肢だとおもいます。

 

もちろん、文章書くのが苦手な人もいるでしょうし、
万人受けとはいきませんが、たいていの場合、

「文章を書いた経験が、絶望的に少ない」

だけです。

 

文章をがっつり書いたのなんて、
読書感想文くらいなものではないでしょうか?

 

そうだとするなら、
書いた経験が少なすぎるだけです。

 

僕も文章を書くことに苦手意識があって、
1000文字すらまともに書けませんでしたが、
今じゃ3000文字とか余裕です。

 

断言しますが、
書き続けたら、書けるようになります。

 

やってみなきゃわかんないもんです。

 

 

というわけで、まとめ。

 

 

人間生きていくため(お金だけじゃなく、満足のため)に、
なんらかの仕事はやることになるんです。

 

つまり、他人のために働くことは、
人間らしく生きるためには、必要な行為です。

 

でもどうせ他人のために働くなら、

“少ない頑張りで、 たくさんの満足が得られる”

仕事を選びません?

 

ブログを書いて広告で儲けようなんて、

「なんて卑しい行為だ!」

とおもいますか?

 

もちろん僕も、さいしょは抵抗がありました。

 

でも、結果的に読者さんが、
良い情報や良い商品に出会えたりできるなら、

それによって、生活が快適になったり、
人生を変えたりできるなら、

「それも人のためなんじゃないか?」

とおもえるようになりました。

 

第一、強制したり、押しつけたりしないかぎり
(あるいは強制しても、押しつけたとしても)、
判断するのは読者さんですしね。

 

広告・宣伝したり、
商品を売ったりすることが悪だと言うんなら、
この世のほとんどの経済活動が悪になってしまいます。

 

そうじゃないですよね。

 

もちろん、中身の薄い・無い商品を、
さも良い商品かのように宣伝するのは悪です。

 

なので、良く知りもしない商品を紹介するのはどうかとおもいます。

 

しかし、自信を持ってオススメできる商品なら、何もおそれることはありません。

 

 

他人のしょーもないこだわりに付き合わされ、
何度も何度もやり直しをさせられるのが仕事ですか?

 

明らかに問題が起こりそうなのに、

「いいからやって!」

と他人(上司とか)から押しつけられ、取りかかってみたはいいものの、
やっぱりあとあとになって問題が起きて、
それまでの努力がムダになってしまうのが仕事ですか?

 

「それが仕事だ!!」

 

と社畜の先輩や上司からは言われるかもですが、
僕たちは、ほんとうにたくさんの時間をさいてまで、
他人に貢献しているのです。

 

そのさいた時間とおなじだけ、
報われたいとおもうのは罪なことなのでしょうか?

 

僕は10分の1しか報われないのが嫌だったので、仕事サボってでも、
10倍報われるネットビジネスをやってますよん。

 

褒められたことではないのかもしれません。

 

ですが、どうせ10分の1くらいしか報われない仕事です。

 

働いてる時間の10分の1くらいサボったって、
(いや、ときには2分の1くらいかもしれないが)
何が悪いっていうんでしょう?

「給料分の仕事をしているか?」

って変な価値観のすりこみ(洗脳)には要注意ですぜ。

 

給料分の仕事をしているか?→そんな問いは無意味

給料分の仕事をしているか?という洗脳の呪文に要注意!

 

ではでは(`・ω・´)ゞ

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ずーかま
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30代社畜。妻子あり。副業ブログで月2万円の不労所得をつくりました。・・・でも、自動収入は捨てました。理由は、「楽しくなかったから」です。売り込みばっかして、ブログを続ける目的を見失っていたからです。なので今は、ブログを楽しみながら、「ブログやってるけどなかなか稼げない人、ブログ始めて間もない人、これからの人」そういう(特にサラリーマンの)ブログ仲間が、月1万の壁を超えられるようになるための情報ダダ漏れで運営しています。